●鈴木幸司さん宅での暗きょ排水作業に参加して(2)=投稿


1982年12月に行なわれた暗きょ排水作業
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暗渠排水
 ゴーという轟音を残して、滑走路へ向かうジェット機が頭上をかすめる。ハイテクの塊が飛んでゆく。こちらはひたすらローテクを駆使して水田を掘り進む。暗渠排水工事は、文字に残っている記録でも、今から約3千年前に施工されたことが記録されている。考古学者によっては、8千年前とする人もいる。

 近代史で大規模な暗渠排水工事といえば、オランダである。以前オランダに旅行した友人から、興味深い話を聞いた。オランダの大規模な土地改良事業は、かの有名なファウスト博士がやったというのだ。ファウスト博士の伝説は、ゲーテが小説に書いている。ファウスト博士は、悪魔を呼び出して、自分の魂と引き換えに悪魔を下僕とする。博士が「時よ止まれ!君は美しい」というまで、悪魔は博士に従うのだ。博士は「この醜い世の中で、私が美しいと感じることなど無い。だから悪魔は永遠に私の下僕だ」と考えたのである。放蕩の限りを尽くした博士は、オランダに来る。低湿地で苦しむ農民を見て、博士は悪魔を使って土地改良事業を始めた。10年の悪戦苦闘の後、見事に事業は完成した。博士は見張り台に上る。地上では、農民が楽しそうに小麦を収穫していた。その光景を見て、博士は思わず「時よ止まれ!君は美しい」といってしまった。その瞬間、博士は消滅し足跡だけが残った。今でもその足跡が残っているそうだ。博士は、さぞ満足だっただろう。そう思う。
 大昔から現在まで、湿地帯を改良する暗渠排水工事は同じ方法をとっている。それほど完成された技術だということだ。原理は簡単である。水位を下げたい深さに溝を堀り、溝に水を集める。集めた水を川などに排水する。すると水田の水位が下がり、農作業が容易となる。水を必要とするときは排水口を閉じ、水をためるのだ。
 原理は簡単だが、現実の施工は経験が必要だ。どんな工事でも成功の秘訣は「地主の話をよく聞く」ことにつきる。現場を一番知っているのは、地主だからだ。大手ゼネコンが請け負う「土地改良事業」が失敗するのは、住民の話をよく聞かないからである。住民の話の中には、測量では判らない地下水路や滞水層のヒントが隠れているのだ。利益第一、工期短縮、資材倹約で工事をすれば必ず失敗する。その結果、被害を受けるのは農民だ。

測量
 水田の中をひたすら歩く。鈴木さんの話をたよりに、水田の深みを探る。
 「毎年、道路から8メートルの所に水がたまるんだ。隣の水田は、花を作っていた。近くに自噴井戸がある。・・・」この話と地形が、測量の基礎資料だ。以前の暗渠排水工事の跡も探らなければならない。
 「滞水しているだけなのか?地下で自噴しているのか?水流は何処なのか?」ひたすら歩く。何度も歩く。何ヶ所か掘ってみる。実地に歩くだけではない。インターネットの衛星写真で地形を観察する。標高50メートルの等高線に沿って、見事に水田が並んでいる。感動する。
 ある学者によると、日本農業政策において、コメ生産に重点が置かれた根拠は「大宝律令」(701年)にまでさかのぼるという。班田法と条里制の重点目標として掲げられたのは「水田100万ha」の開発であった。日本全土の水田面積が100万haに達したのは、16世紀、戦国時代後期。菱田の水田も8世紀から10世紀の新田開発の流れの中で開かれたのだ。2007年の水田面積は、約253万ha、コメ作付面積は、約167万haである。江戸時代には300万ha以上だった水田面積が、ここまで減少した。生産調整のために、96万haの水田でコメ作りが政府によって禁止されている。今年を最後に、減反への保証金が廃止される。大げさにいえば、コメを作ることが国家の利益に反する行為となってしまったのだ。
 「ここにするか」
 吸水管の埋設場所を決めたのは、午後3時過ぎになってしまった。水田にたまった水に、うっすらと油が浮いている。ジェット燃料だ。(つづく)

  

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