●7・27三里塚現地闘争・反対同盟の発言

北原鉱治事務局長

■43年間の闘いを一つ一つひもといてみると闘いのなかった日はなかった。今から35年前、地下壕戦を闘った。6月の定例市議会が終わって、その夜地下壕に立てこもった。学生7名、反対同盟3名。暑いさなか隋道をはうようにして奥深く入った。中で一番感じたのは、頭上をブルドーザーが走り回っていたので、いつ落盤するかということだった。地下壕の中で2回ほど会合をもった。

■労働者と学生で、もし落盤があったら、生きて出られないだろう。真っ暗のなかで、ローソクを立てて、会合をもったが、外気が入ってこないので、ローソクが消える。
■地下壕は、ベトナムまで続く、ということわざが中で生まれた。15分おきに交代する。新しい空気を吸いにいくわけだ。こういう闘いが3昼夜に渡って行われた。最後には若い者は将来あるのに、命を落としたら大変なことだ、と。君たちだけは死なせたくない、と話し合った。
  国家暴力によって地下壕が掘り崩された。しかし、闘いの中で中止になった。
■若くても、年配でも命は一つ。闘わなければ生きられない。三里塚闘争の勝利の日まで共に闘っていきたいと思います。


敷地内天神峰・市東孝雄さん

■ご苦労様です。国道51号線のトンネル工事も完成しました。次は、用地内に攻撃がくるとおもいます。今年の秋から攻撃が来ると思います。私の農地問題があります。今こそ、43年の戦争反対、農地死守の原則で、新たな力をたずさえて、闘いを続けたい。お互いにがんばって闘いましょう。

  

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