「石橋政次の畑だった」と旧地主が認識

――位置特定の誤りはもはや明らか


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新たな提訴をともに怒り、裁判傍聴に駆けつけた皆さん

■12月8日千葉地裁で、市東さんの耕作権裁判第9回口頭弁論が行われました。今回の口頭弁論の中で、市東さんが代々一度も耕したことのない土地を、空港会社が「契約した畑だ」として勝手に決めつけた場所が、やはり石橋政次(元反対同盟副委員長)の畑だったことがはっきりしました。

■問題の41−9番地は、市東さんとともに小作として耕作していた石橋政次の畑だったと、旧地主の藤崎政吉が認識していたことを、空港会社が認めたのです。
■空港会社に突きつけた決定的証拠が、前回裁判で市東さんと弁護団が提出した1984年2月作成の地積測量図です。これは藤崎が土地を空港公団(当時)に売り渡すために、小作人との間で賃貸借契約を解消しようと考えて、作ったものです。これを調べると、41−9番地は石橋政次に譲渡するとして、藤崎が分筆登記したことが明らかなのです。
■さらに市東さんと弁護団は、現在耕している全ての畑に権利(賃借権)があることを明らかにしていきました。市東さんが耕している全ての畑について、「不法耕作」などと言われるいわれはないのです。

■裁判と報告会の詳細はおってお伝え致します。次回の口頭弁論は来年の2月16日になりました。来年は年明けから、現地闘争と一体で連続した裁判闘争を闘います。ともに闘いましょう。

  

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  • 市東さんの耕作権裁判