- 2010年4月10日 23:59
―特別報告(3・28全国集会)
永井満さん
私たちは先々週の日曜日、関西で三里塚集会を催しまして、北原事務局長にお越しいただきました。
ご自身の戦争体験から説き起こされ、この三里塚の闘い、とくにあの横堀要塞の闘いなど、話していただきました。当時を思い起こしながらお聞きしておりまして、この40有余年の闘いにおいて、同盟とその最先頭で闘ってこられた北原さんの闘う姿勢に、みじんの揺るぎがない。ぶれがないということに、いまさらながら驚き、その闘いを支えてきたものは何だろうかと、あらためて考えさせられました。会場に集まりましたみんなが、この反対同盟と共にこれからも一体になって闘っていくんだと、決意を新たに致しました。
そして昨日、こちらにおじゃましまして、同盟の方々ともいろいろとお話をする機会がありました。
沖縄の知花さんともご一緒にいろいろと話す中で、4月25日には、反対同盟が同盟の旗を掲げて沖縄の集会に参加するということをおっしゃいました。同盟の旗が行くなら、関西の私たち住民も一緒に行きますと表明しました。
じつは私も40年ほどこの集会に通ってきましたけども、ひとつの夢があった。それは沖縄と三里塚がひとつの闘いになるということです。いまやそれが実現しようとしております。今日お集まりの皆さんも三里塚の闘いに総結集すると共に、沖縄の皆さんの闘いにもみんなで行こうではありませんか。三里塚と沖縄が一体になるとき、これはすごいことが起こると私は確信しておる次第です。
皆さんと共に最後まで闘いぬくことを決意しまして、挨拶に代えたいと思います。
三里塚は正義の闘いだ
山本善偉さん
寒い中を、皆さんご苦労さんです。この風の中で森田先生が開会の挨拶をされました。93歳で足が不自由なのに、この非常局面にあって体を張って闘うと言われた。私は尊敬する森田先生にどうしても追いつけないのが“歳”です。なんぼ経っても彼の上には行けない。しかし少なくともあの先生の歳までは死ぬことはできない。
三里塚に来るたびに思うんですが、本当にこの空港は出発点から間違った出発をし、できないことを先に延ばして、ウソをついてだましてだまして、既成事実をつくって44年経ったけど、まだ計画の2分の1もできてない。これを、出来もしないのに何とかハブ空港にすると手をつけているのが、今の市東孝雄さんを住めなくするための攻撃です。ここへきて、つくづく三里塚の闘いは正義の闘いだ、正しい闘いだ、これが負けるようなことがあっては、日本はもうダメだ、私はそう思っています。
本当に三里塚の闘いと沖縄の闘い、これは日本を変える闘いです。市東孝雄さんが三里塚の旗を持って4月25日沖縄に行かれると聞いて、私も年甲斐もなく「絶対行く」と申しました。
我々は関空の問題から始まっておるわけですが、「沖縄の基地を関空に」と、とんでもない発言をする連中もいる。問題は何かと言ったら、憲法よりも上をゆく日米安保条約そのものが問題なんです。米軍再編そのものが問題なんです。沖縄に基地はいらない。本土にも基地はいらない。その闘いをやろうではありませんか。
- Newer: 中野前委員長の闘いは三里塚に生きている
- Older: 基地撤去へ連帯して闘う